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  • スマートホームで越境する空間ビジネスの好機

空間運用OSが設備と業務システムをつなぐ【第5回】

新貝 文将(X-HEMISTRY 代表取締役/CSA日本支部 代表)
2026年10月22日

前回は、北米のスマートアパートメントを例に、建物OSが不動産のNOI(Net Operating Income:純営業利益)と物件資産価値をどう押し上げるのかを解説しました。第5回では、視点を住宅からオフィス、ホテル、店舗へと広げます。第2回で触れた韓Samsungの法人向けIoT基盤「SmartThings Pro」を手がかりに、空間運用の主導権を誰が握るのか、そしてハードウェアを部品として組み込み、サービスとして運用する「空間運用OS」の価値を考えます。

IoTデバイスは空間に置くデータポイント

 スマートホーム化の本質は、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)デバイスの導入そのものではありません。IoTデバイスは利便性と効率性をもたらすと同時に、大量のデータを生み出します。つまりデバイスの設置は、空間にデータポイントを置くことにほかなりません。

 IoTデバイスが増えるほど制御の対象が広がり、離れた場所の状況をつかむための解像度が上がっていきます。こうしたデータを束ねていくと、複数の空間・設備・業務をまとめて動かす運用基盤につながっていきます。

 この発想を体現している例が、韓Samsungのスマートホーム基盤「SmartThings」です。元は米国スタートアップが開発したサービスで、2014年にSamsungが買収しました。

 SmartThingsは、テレビや家電、照明、ロボット掃除機などを1つのアプリケーションで操作し、生活シーンに応じて自動化する消費者向けの基盤として発展してきました。その後、スマートホームの共通規格「Matter(マター)」などを取り込み、他社製の機器にも対応範囲を広げています。結果として「家中の複数の機器を一体として運用する」基盤となり、セキュリティやエネルギー管理、見守りといった生活課題の解決を担ってきました。

 SmartThingsの対象を法人空間へと広げたのが、2024年6月に発表した法人向けIoT基盤「SmartThings Pro」です。集合住宅やオフィス、店舗、宿泊施設などを対象に、施設・フロア・部屋・設備を3D(3次元)マップで横断して可視化し、複数拠点の稼働状況を一覧にまとめます。

 ほかにも、遠隔制御や自動化、AI(人工知能)技術による電力使用量の分析、保守対応までを担い、外部システムと連携するためのAPI(Application Programming Interface)機能も備えます。消費者向けのSmartThingsが個人や家族の生活を支える基盤だとすれば、SmartThings Proは「空間運用の基盤」と言えます。

競争の軸は「機器の販売」から「運用基盤の確保」へ

 これまでのスマートホーム化と言えば、スマートロックや照明、空調、センサーといった個別機器の導入として語られがちでした。しかし法人利用で価値を生むのは、個々の機器ではありません。複数の拠点やメーカーの機器、業務システムを横断して、空間を可視化・制御・自動化する基盤レイヤーです。

 第2回では、住宅向けの量産デバイスとクラウドの組み合わせが、大型ビルに限られていた設備管理を中小規模の施設にまで広げるスマートビルディングの「民主化」を解説しました。まさにSmartThings Proは、消費者向けで培った基盤をこの市場に持ち込み、スマートビルディングの裾野を広げる戦略と読み取れます。

 見逃せないのは、空間の運用基盤を担うのが必ずしも建物の所有者ではない点です。設備の稼働状況や人の出入り、照明や空調の制御、保守、エネルギー使用量といったデータを統合する仕組みを担う事業者も、空間の運用に大きな影響力を持つのです。

 ただし、プラットフォーム事業者が空間を支配するわけではありません。空間の運用には複数の当事者が関わり、それぞれが持つべきものが異なるからです。建物所有者は資産戦略とデータ利用方針を決め、テナントは日々の運用と入居者・宿泊者・従業員への対応を担います。機器メーカーは機器の性能や安全性、故障対応に責任を負い、最終的に利用者には操作やデータ活用の仕組みが与えられます。その中でプラットフォーム事業者が提供するのは、接続、可視化、自動化、分析、APIといった「仕組み」なのです。

 空間から得られるデータは、種類によって用途や注意点が異なります。設備データは省エネルギーや予防保全に、空間の利用データは稼働率の改善に、入退室などのアクセスデータはセキュリティや勤怠管理、無人運営などに役立ちます。

 一方で、映像や顔情報は最も慎重な扱いを要します。とりわけオフィスやホテルで入退室ログや在室情報、予約情報を安易に統合すれば、利便性と引き換えに監視の性格が強まります。

 問われるのは、データを持つこと自体ではなく「誰が、何の目的で、どの期間、どの粒度で使うか」です。長期的な支持を得るのは、データを最も多く集めることに重きを置くよりも、利用目的や権限、ほかの基盤へデータを移管する可能性までを設計できる事業者でしょう。