• Column
  • 大和敏彦のデジタル未来予測

リテイル領域のDXを支えるAIの今とこれから【第48回】

大和 敏彦(ITi代表取締役)
2021年9月21日

AI活用例(3):食品ロス防止

 調達量を実際の販売量に近づけられれば、原価率の改善や食品ロスの削減につながる。単に調達量を減らすだけでは販売の機会損失になるため、販売量を正確に予測することが大きな価値を生む。

 販売量には多くの要因が影響する。市場の状況、リアルタイムの購買行動、気候、地域の人口統計情報、場所やイベントの有無など店舗の関連情報、競合の規模や品揃えなどだ。これらが商品の販売に与える影響をAIに学習させ、正確な予測につなげる。顧客特性や販売実績の分析により新製品にも対応できるため、販売前から調達量を予想することもできる。

 例えばローソンは、おにぎりや弁当などの食品およそ450品目(2020年12月時点)を対象に、過去2年分の発注実績をAIに学習させることで、商品ごとに数カ月先まで全国の店舗からの発注を予測している。従来に比較して3割の改善を実現しているという。この発注予測は、対象商品の製造に必要な約4500種類の食材調達の適正化にも利用されている。

AI活用例(4):バーチャル試着

 新しいCXとして、美容や衣料の試着へのxRの適用が始まっている。美容業界やアパレル業界におけるバーチャルフィッティングローム、ARによる自宅への家具の設置などが試みられている。

 例えばイトーヨーカ堂のバーチャル試着では、実際の画像とデジタルで作成した絵や写真を合成して表示することで、似合うかどうかを見られる。試着室で服を着替えたり、化粧品を肌に塗ったりする必要がなくなる。採寸は、画面の指示に従ってポーズを取ればよい。「ゲーム感覚で、自分に合ったものを素早く見つけられる新しいCX」を実現している。

 採寸では、ドットマーカーがついたスーツを着てカメラ撮影する「ZOZOSUIT2」のように、AIによって採寸し3D(3次元)の身体モデルを作成し、洋服の選択や仕立てに使うケースもある。

 Amazonも、3D計測に関するベンチャー企業Body Labsの買収や、「Echo Look」におけるバーチャル試着、スマートミラーの特許取得、ロンドンでのxRを使ったヘアサロンの開店など様々なチャレンジを行なっている。

 このようにバーチャル試着や、そのためのサイズ計測へのAI技術の応用は世界中で進んでいる。コンピュータビジョンとAI技術による認識・合成・学習を使えば、形状理解とxRを使った合成などの応用が可能になる。

AI技術活用の重要性は高まる一方

 上述した応用例に見られるように、画像認識による行動把握や、不正・異常検知、予測、画像認識・合成など、AI技術が幅広い分野で応用されていることがわかる。ほかにも、データからルールや知見を発見し、その知見を応用したり、音声認識や自然言語処理、検索・探索などの機能を使ったりと様々な応用分野が広がっている。

 これらAI技術やAIの応用技術の重要性は、今後さらに増していく。その背景には、モバイルネットワークの進化や、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)によるコネクティビティの広がり、半導体やクラウドの進化によるコンピューターパワーやストレージ容量の増大と廉価化、xRやデジタルツインといった技術進化によるデータドリブンな世界への移行がある。

 AI技術の活用を成功させるためには、AI技術の動向や応用可能性を把握しながら、ビジネス改革や新ビジネスのビジョンと整合性を持ったDXのアイデアを出し、実現することが必要である。その計画や実現のための人材や仕組みを持つことが企業の成長や競争力強化につながる。

 ただしAI技術の活用にあたっては、第46回で触れたAIの倫理規定で示されるような、AI活用の注意点を理解したうえで活用しなければならない。

大和敏彦(やまと・としひこ)

 ITi(アイティアイ)代表取締役。慶應義塾大学工学部管理工学科卒後、日本NCRではメインフレームのオペレーティングシステム開発を、日本IBMではPCとノートPC「Thinkpad」の開発および戦略コンサルタントをそれぞれ担当。シスコシステムズ入社後は、CTOとしてエンジニアリング組織を立ち上げ、日本でのインターネットビデオやIP電話、新幹線等の列車内インターネットの立ち上げを牽引し、日本の代表的な企業とのアライアンスおよび共同開発を推進した。

 その後、ブロードバンドタワー社長として、データセンタービジネスを、ZTEジャパン副社長としてモバイルビジネスを経験。2013年4月から現職。大手製造業に対し事業戦略や新規事業戦略策定に関するコンサルティングを、ベンチャー企業や外国企業に対してはビジネス展開支援を提供している。日本ネットワークセキュリティ協会副会長、VoIP推進協議会会長代理、総務省や経済産業省の各種委員会委員、ASPIC常務理事を歴任。現在、日本クラウドセキュリティアライアンス副会長。