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ディスラプターと戦うための対応戦略(後編)「攻撃的アプローチ」【第5回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年3月12日

戦略4:バリューベイカンシーを長期間に渡って押さえる拠点戦略

 拠点戦略では、ディスラプションがもたらす利益をできるだけ長期間維持することに重点を置く。デジタルボルテックスの中では、バリューベイカンシーを巡って熾烈な競争が繰り広げられており、「ディスラプションを最初にもたらした企業が必ずしも最終的な勝者になるとは限らない」という現実が前提にあるからだ(第3回で述べた音楽業界の例を参照)。

 そのため、バリューベイカンシーを占領して収益を最大化する攻撃的な拠点戦略に成功しても、バリューベイカンシーの成熟が進み、バリューベイカンシーそのものの破壊が進むにつれて、防衛的な収穫戦略へ移行することも想定する必要がある(表2)。

表2:拠点戦略について考えるべきこと
No.内容
1自社のディスラプティブな製品やサービスをどう差別化し、カスタマーに対するコストバリュー、エクスペリエンスバリュー、プラットフォームバリューをどのようにして拡大するか
2新しいバリューベイカンシーを占領するにあたり、新設、買収、提携のどのアプローチを探るべきか
3プラットフォームを使って規模を生み出せるか
4バリューベイカンシーは成熟期を迎えたか、その場合、収穫戦略に移行する必要はあるか
5新しい事業に繋がる知見(別の新たなバリューベイカンシー等)は得られるか

"ロボアドバイザー"に対する金融機関の拠点戦略

 では既存企業は、どのようにロボアドバイザーがもたらすデジタルディスラプションへ立ち向かおうとしているのか。大手金融機関がとった三者三様の拠点戦略が参考になる。それは「新設」「買収」「提携」という異なるアプローチである(図3)。

図3:大手金融機関がとった拠点戦略

 「新設」のアプローチを採ったのは、大手リテール証券会社のCharles Schwabである。2015年4月に「Schwab Intelligent Portfolio」というロボアドバイザーサービスを立ち上げた。手数料は無料で、投資家はスマートフォンやPCなどの端末からオンラインで資産提案プログラムを受けとれるようになった。市場を監視したり投資を見直したりする必要性をなくし、利便性向上とインテリジェンスを提供。合わせて24時間体制で電話による相談も受け付けている。

 「買収」のアプローチを採るのが、世界有数の資産運用会社であるBlackRockだ。2015年8月にFuture Advisorを買収した。その狙いは、ポートフォリオのリスク管理システム「BlackRock Solutions」の強化と、ファイナンシャルアドバイザーの効率化、投資家のフォローの徹底である。社内でディスラプションを温めてふ化させるというDNAを持たない既存企業にとって、買収は破壊的なイノベーションを外部から取り込む魅力的な選択肢である。

 「提携」の戦略を採ったのは、大手マルチサービス投資運用会社であるFidelity Investmentsだ。2014年10月、ロボアドバイザー専業のBettermentと戦略的提携を締結した。Fidelityの投資商品を推奨するファイナンシャルアドバイザーは、Bettermentが用意する税務管理ソフトウェアやポートフォリオ・リバランスなどのツールを使い、投資家のポートフォリオを多角的に検証する。紙ベースだった運用報告や資産状況もオンラインで実施でき、利便性の向上と業務負担の軽減につながっている。

 提携は、実験場としても機能する。既存企業は、その実験で得られたものを新設のモデルに移管し、自社リソースをフル活用してディスラプティブな製品やサービスを開発することがある。実際、Fidelityは1年後にはBettermentとの提携を解消し、自社で「Fidelity GO」というロボアドバイザーサービスを新設した。

 このように大手金融機関は、各社各様のアプローチでロボアドバイザーを上手く自社サービスに取込むハイブリッド戦略を採ることで、コストバリュー、エクスペリエンスバリュー、プラットフォームバリューの組み合わせ型ディスラプションを活用した拠点戦略を実践している。

 ロボアドバイザーは残念ながら、ライフイベントに沿った運用(結婚、出産などの人生の節目でポートフォリオを自動で見直すなど)ができない。金融危機などで市場が調整局面に入った際に、その要因に関する説明や投資行動に関してアドバイスする人が介在しないため、混乱を招く可能性もある。いずれにせよ投資運用業界が、デジタルディスラプションの競争の真っ只中であることは間違いがない。