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ディスラプターと戦うための対応戦略(後編)「攻撃的アプローチ」【第5回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2018年3月12日

デジタルボルテックスの世界で起こるディスラプションに、どう対応すれば良いのか−−。この問に対し前回は、防衛的アプローチである「収穫戦略」と「撤退戦略」について述べた。今回は、ディスラプションによりバリューベイカンシーを追求する攻撃的アプローチである「破壊戦略」と「拠点戦略」について述べる。加えて、どのようにカスタマーバリューをそれぞれの対応戦略に織り込むことが有効かを考察する。

 前回述べたように、デジタルボルテックスの世界で起こるディスラプションに、対し、既存企業が取り得る対応戦略は4つある(図1)。ディスラプションされつつある事業から価値を最大限に引き出そうとする"防衛的な"アプローチと、ディスラプションによりバリューベイカンシーを追求しようとする"攻撃的な"アプローチである。

図1:ディスラプションに対応する4つの戦略

戦略3:デジタルを用いて新たなバリューを創出する破壊戦略

 既存企業にとって破壊戦略を取ることは非常に難しい。なぜなら、既存企業をこれまで成功に導いてきたビジネスが、破壊的なイノベーションを創出したり利用したりする際の足かせになるからだ。

 DBTセンターが実施した調査結果では、自らがディスラプターになろうと模索している企業の数は、4社中1社程度しかない。しかも、その多くは脅威に対する受動的な破壊戦略を志向している。つまり、既存企業が、積極的にディスラプションを起こす行動に出るケースは希である。

 それでも、もしバリューベイカンシーが見つかれば、デジタルテクノロジーとデジタルビジネスモデルを駆使し、いずれかのカスタマーバリューの創出に専念し破壊戦略を探ることが望ましい。

 そのためには、カスタマーのニーズや課題を徹底的に分析し、競合の動向を注意深く考察。自社が置かれている環境を理解したうえで、その千載一遇のチャンスを追求する準備が十分にできているかどうかをしっかりと吟味する必要がある(表1)。カスタマーバリューを創出する新たな方法を見つけ競争力学を変化させることが、デジタルによる破壊につながる。

表1:破壊戦略について考えるべきこと
No.内容
1どうすれば新しいカスタマーバリュー(いずれか、または、複数)を創出できるか
2より魅力的な組み合せ型ディスラプションを起こせるのか、すなわち、ディスラプターをディスラプトできるか
3ディスラプションを起こすための投資に対する見返りは何か、それはカニバライズするリスクのある既存事業に対する収穫戦略よりも価値があるか

金融機関にみる"ロボアドバイザー"の破壊戦略

 金融機関を例に、破壊戦略の実際をみてみよう。既存の金融機関にとって、ファイナンシャルアドバイザーなどの金融の専門家が手がける投資運用は、成長と収益性の両方を支える重要な柱である。それゆえ金融機関にとって、富裕層や準富裕層は、とても重要なカスタマーであり、彼らが支払ってくれる報酬は喉から手が出るほどにほしい。

 そこにデジタルディスラプターは、人間に代わり、ソフトウェアと高度なアルゴリズムを駆使して資産を管理するロボット"ロボアドバイザー"をもって戦いを挑んできている。米Wealthfrontや米Bettermentといった企業がトップランナーである。

ロボアドバイザーの特徴の1つは、投資アドバイスの高額な手数料を低く(管理資産の数%程度)抑えることでコストバリューを提供すること。もう1つは、口座開設時に設定した条件(リスク許容度や財務状況、投資経験など)に従い運用(ポートフォリオの自動修正や、含み損の際の損失確定売り、配当金の再投資など)するため、ポートフォリオ管理の手間を減らすエクスペリエンスバリューを提供する(図2)。

図2:ロボアドバイザーによる破壊戦略

 多くの投資家にとって、ロボアドバイザーはすでに実用性のある選択肢と認識されつつある。既存の金融機関の重要な収入源が脅かされようとしているのだ。ロボアドバイザーは、まさにデジタルディスラプションであり、この新しいバリューベイカンシーを巡る戦いがすでに勃発していることになる。

 しかしながら、ロボアドバイザーがバリューバンパイアかどうかは、未だ誰にも分からない。いずれにしても、短期的に見れば、ロボアドバイザーがもたらすディスラプションが既存企業の事業を蝕むリスクはかなり高いと想定される。