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国家の未来を掛けたAIイノベーション戦略(後編)【第15回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2019年1月15日

企業に自主ルールの策定うながすシンガポール

 IMDデジタル国家競争力ランキング2位のシンガポールも、AIの倫理に積極的に取り組んでいる国の1つだ。

 2018年6月、情報通信メディア開発庁(IMDA:Info-communication Media Development Authority)が、「AIのガバナンスと倫理のイニシアティブ」と題する計画を公表した。AIイノベーション推進による便益を認識するのと平行して、倫理的問題への認識を促すためのフレームワークと、利用者が信頼できる環境の構築を掲げる。

 同計画では、AIイノベーションを推進する企業に対し、どのような価値を守るべきかだけでなく、どのように守るかにまで踏み込んだ自主ルールの策定をうながしている。

 この背景には、シンガポール政府の積極的なAI推進政策がある。産業構造の高度化に向けた戦略的取り組みにおいてAIを推すことで、IT企業を世界中から誘致し、自国のスタートアップを育成し、AIの技術開発と展開のスピードを速めるのが狙いだ。

 AIを戦略領域に取り上げたのは、2014年の「スマートネーション構想」から。サイバーセキュリティ、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)、VR(仮想現実)などと並んでAIを取り上げている。

 2017年5月にはAIへの取り組みをより一層加速するために、首相府が直轄するNRF(National Research Foundation)が「AIシンガポール」プログラムを開始した。掲げる目標は、(1) AIに関する基礎研究、(2)AI活用を通じたイノベーションの創出、(3)実証実験、(4)AI専門家の育成だ。

 成果も上がっている。シンガポールのAI技術開発を支える学術分野では、南洋工科大学が、AIに関する論文の引用数統計で、2012年からの累計が6000件を超えた。これは、米マイクロソフトに次ぐ世界第2位の数字である。

自律的な攻撃兵器までが開発されている軍事でのAI活用の是非

 企業や各国の取り組みが進む中で、AIの倫理的見解として共通解を導き出すのが難しい領域の1つに軍事へのAIの応用がある。2018年8月には、AI兵器の規制をめぐる国際会議がスイス・ジュネーブで開催されている。

 AIイノベーションが兵器に応用されると、AIによるサイバー攻撃や、AIを搭載した偵察機による監視、AI搭載の無人機同士による戦闘などが、戦場で繰り広げられる世界が現実味を帯びる。すでに、AIを搭載したドローンなどの無人機や地上歩行型の戦闘用ロボットなどの開発が進み、実用化も間近と噂される。

 攻撃目標をAIが探し殺傷する自律型のAI兵器は、「自律型致死性兵器(Lethal Autonomous Weapon Systems:LAWS)」と呼ばれ、人間が介在することなく自動的に目標を特定し攻撃する。人の生死に関わる判断をAIに委ねることは、正しいのだろうか。

 AIが誤動作で事故を起こしたり、不具合で制御不能に陥ったりすれば、収拾がつかない事態にまで発展するかもしれない。最近では、経営者や研究者からなる約2400人と約170の団体が、AI兵器の開発や製造・取引・使用に懸念を示し、AI兵器に反対する声明に署名をしている。

 しかし、武器輸出大国でもある米国やロシアは、引き続き軍事力の世界的優位性を維持することと、国家の命運を左右するAI兵器の研究開発で後れを取りたくはないという思惑から、AI兵器に対する予防的な規制には原則として反対の姿勢を採っている。中国は、AIイノベーションを民間と軍事のいずれにも利用する方針だ。

 AI兵器の規制に関する議論は、各国の思惑もあり、平行線を辿っている。AI兵器を使用した場合に生じる人道的・倫理的な問題などを早急に解決することは、国際社会全体の課題である。