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  • 会津若松市はデジタル化をなぜ受け入れたのか

「市民中心」こそがスマートシティプロジェクトの本質【第18回】

会津地域スマートシティ推進協議会会長/スマートシティ会津代表の竹田 秀 氏との対談

中村 彰二朗(アクセンチュア 福島イノベーションセンター センター長)
2019年4月18日

地域の発展に再投資する「ローカルマネジメント法人」モデルを採用

中村 あえて追加すれば、スマートシティ会津は地域の活性化を目的とする法人であり、活動によって得た収益は会津地域の発展のために再投資するモデルの組織です。米国ではこうしたモデルを「ローカルマネジメント法人」と呼び、地域開発の牽引役になっています。そのモデルを私たちも採用しました。

 スマートシティは根本的に“市民中心”の取り組みです。プロジェクトとして事業ごとに主導する組織がそれぞれあるにせよ“中心”は常に市民でなければなりません。市民を取り巻く形で病院や学校、自治体、企業がある構造であり、その基盤となるICTプラットフォームを通じてデータが流通するのです。

 市民は医療データを自身の主治医を介して病院に預けています。さらに65歳以上の市民は健康データを市町村に提供しています。データの発生源はすべて市民であり、市民自らが主導していくことが重要です。これに対しローカルマネジメント法人は、市民をどうサポートしていくかを考え実行していく組織です。地方創生に向けて地域全体が責任を持つように、地域全体をコネクテッドしていくことも、スマートシティプロジェクトが目指す姿の1つでしょう(図2)。

図2:市民を中心としたスマートシティの全体像

中村 会津若松のスマートシティプロジェクトでは、業種・業界の垣根を超えた取り組みが同時並行的に進んでいますが、その中でヘルスケア関係の取り組みは、どのように見ておられますか。

竹田 ヘルスケア関係の取り組みは現在、「モデル事業」として限定的な枠組みで展開されています。今後どのように展開していくのか、運営コストを誰が負担するのか、どのようなビジネスモデルによって収益化するのかなどが検討課題です。

中村 モデルを展開していくうえでは、まず予算の問題が挙げられます。行政がデジタルシフトすれば、会津若松市の予算規模の場合、数億円単位でコストを削減できます。

 自治体・国の費用抑制といった“目に見える成果”が出るまでには少し時間がかかります。ですが、先進的なヘルスケア事業によって予防医療が進めば、確実にコスト削減効果が得られます。浮いたコストは協議会の運営費に委託したり、外部の産業育成に利用したりという再投資が可能になります。

医療関連データを扱う事業は“三方善し”でなければ継続できない

竹田 そうですね。そして、この事業のキーポイントは「データ」です。

中村 視点をデータに向けると、ヨーロッパのメディコンバレーでは、収集された医療データを創薬メーカーが研究に活用しています。データそのものが価値を持つだけに「データ提供」というビジネスが成立するのです。

 私たちの議論の根底にあるのは“三方善し”の考え方です。もともとは、「売り手善し、買い手善し、世間善し」という近江商人の心得として知られる言葉です。それを私たちは「市民に善し、社会に善し、産業振興に善し」として、市民と自治体・国、そして医療界・産業界の3つのグループそれぞれが恩恵を受けることが、スマートシティにおける三方善しだと考えています。

 市民はデータを提供することで予防医療にシフトし、健康長寿や自分の健康状態にマッチしたメニューの保険加入、場合によっては保険料の軽減等、メリットを得ます。予防医療によって国・自治体は医療費が削減できますから、これは直接的な社会貢献だといえます。そして医療界・産業界では、薬品メーカーや研究機関がデータを活用して創薬ビジネスなどを発展させます。このような互恵的なビジネスモデルでなければ継続性を維持できません。

 ところが、これと似たようなヘルスケア関連のモデルでありながら市民本人の意思でデータを提供していないオプトアウトモデル(拒否の意思表示をしない限りデータの提供に同意したものとみなす)では、プライバシー保護の観点から本人が特定されるデータを削除して収集しています。そのため「統計的な分析は可能だが、データ提供者へ還元されることはない」という問題点があり、データ活用にことごとく失敗している例もあります。

 データの提供が継続的でなくなり、結果的に「提供時点データ」に基づく断面的な分析しかできない。データ提供者である市民1人ひとりが、どのようなライフスタイルを持っているのかという情報がなければ、包括的なヘルスケアのデータ分析は実現しません。海外で主流だったオプトアウトモデルには限界があったのです。

 会津若松市ではオプトイン(提供者が同意・承諾した場合にのみデータを提供する)モデルに取り組んでいます。市民参加のハードルは高いのですが、市民側の意思をきちんと確認できるオプトインで進めていこうという点に、「市民中心」の会津若松市での事業の特長が表れていると思います。

 オプトインモデルでは、「こういう目的・用途で、こういうデータを取得します」ということを市民に説明します。「データを提供することで、市民の側にはこのようなメリットがあります」「このデータを社会の発展のために活用します」といった内容に納得したうえでデータを提供するという国民性を日本に根付かせたいですね。

竹田 まさにポイントは市民に広めていくことです。バイタルデータを蓄積することで、疾病を早期に察知したり健康増進に役立てたりといったことを実現したいと考えています。具体的な事業としては、保険企業や健康保険組合などがサービスに取り入れる動きがあるかもしれません。

 こうしたことを1つずつ社会に浸透させ、市民に“新しい当たり前”として定着するまで続けたいと思います。