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社会課題の解決にAIは貢献できるのか

Googleの「Solve with AI」に世界の先端事例を見る

指田 昌夫(フリーランス ライター)
2019年8月15日

生活を豊かにする1:綿花農家に打撃を与える害虫の駆除=印ワドワニAI研究所

 農業におけるAIの活用事例として紹介されたのが、インドのワドワニAI研究所の取り組みである。

写真8:インドのワドワニAI研究所 副社長のRaghu Dharmaraju氏

 インドでは600万人の農家が綿花を育てているが、害虫被害が大きな打撃を与えていた。だが農家の75%が小規模で、作物に付く多くの種類の虫のうち、どれが害虫なのかの知識を持っていない。そのため畑の全面に殺虫剤を撒いており、インドでの殺虫剤の55%が綿花のために使われているという。

 この状況を改善するために、ワドワニAI研究所が開発したのが、虫を撮影するだけで害虫かどうかを判定できるシステムだ。その前提として、各農園にその場所を示す2次元バーコードと虫の吸着紙を配布した。農家は吸着紙に捕獲された虫を撮影すればよい。

 2次元バーコードを使って害虫の発生場所を特定できるため、害虫の識別と同時に駆除計画が立てられ、必要な場所だけにピンポイントでの農薬散布が可能になる。環境保護にもつながると同時に、ムダな農薬を購入する必要がなくなるため、農家の生活も改善できるとしている。

生活を豊かにする2:日本古典の崩し字の解読=国立情報学研究所(NII)

 豊かな暮らしの実現には、未来を創造することだけでなく、人類の歴史を振り返り文化や伝統を守ることも必要だ。たとえば、古典文学の研究がその一つ。だが、古文書は、今では目にする機会が減っている「崩し字」で書かれており、それを読み解けるかどうかが、内容の研究以前の課題になっている。

写真9:国立情報学研究所(NII)のTarin Clanuwat研究員

 一方で崩し字で書かれた古文書自体は、何百万冊の本や10億を超える歴史的書物が存在する。しかし、その内容を読み解くには、崩し字を読める専門家が対訳を作成しなければならず、膨大な量の文献を読むだけでも何百年もかかってしまうのが実状だ。

 国立情報学研究所(NII)で源氏物語を研究対象にするTarin Clanuwat研究員のチームは、古文書をスキャンし、そこに書かれた崩し字を機械学習によって解読するシステム「Kuronet」を開発。原文と対訳を同時に保存することで、研究者が一目で内容を把握できるようにした。

 Kuronetにより解読速度は1ページ当たり2秒、精度は85%に達している。1冊の本を約1時間で訳せる計算で、多くの古文書から新たな歴史や解釈が発見させる可能性を高めている。

大量すぎるビッグデータの問題点をAIで解消する

 Solve with AIで発表された事例が取り組む課題はさまざまだ。ただいずれもが、大量に収集できるデータを機械学習によって選別し、課題解決に役立つ形に変換している点は共通だ。鮮明にとらえられている課題解決を突破口に、AIの力を広く浸透させていくことは間違いではないだろう。

 多くの社会課題は世界中に同じテーマが存在し、それぞれの場所で解決への模索が続いている。Solve with AIなどでそれぞれの事例を広く公開することは、同一あるいは類似の課題解決の加速につながるともいえる。

 今回の発表は、目的さえ明確であれば、さまざまな形式のデータをAIによって効率よく処理する環境が用意されていることを示している。これは環境問題や社会課題解決だけの話ではない。デジタル変革を目指して大量にデータを集めてみたものの、その扱いを持て余している企業にとっても参考になるだろう。

 なおGoogleは、AIの基礎的研究にかかわる人材の支援策「Google AI for Japan」を日本で開始した。6人の研究者それぞれに5万米ドルを拠出し寄付する。AI人材の育成と拡大に向けては、子供向けAI教育プログラムや現役の開発者向けのイベントを実施するとしている。