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  • 信頼できるAIのためのAIガバナンスの実戦的構築法

AIガバナンス構築プロジェクトは全社で推進する【第9回】

熊谷 堅(KPMGコンサルティング 執行役員 パートナー)
2025年9月3日

実行フェーズ

 構築するAIガバナンスは「リスクベースアプローチ」が基本となる。実行フェーズでは、この考え方を実際に具現化することから検討を開始したい。すなわち、AIガバナンス構築プロジェクトのスコープ、優先順位、重点分野などを具体化することと同義である。初期段階の合意形成が後続タスクの合理化や効率化に貢献する。

 自社で構築・利用するAI技術について、全てに同水準の対応を求めるのではなく、リスクに応じてレベル分け(リスク分類)し、分類ごとに実施すべき標準的な対策の程度(強弱・濃淡)やベースライン、評価や承認手続きなどのプロセスを定める。全社統一の枠組みの対象にするAIシステムや、現場で管理するレベルのAIシステムなどに振分けることで、限られたリソースをリスクの高い領域に集中できる仕組みにすることが重要だ。

 レベル分けでは、AIモデルやAIシステムの特性やユースケースを基にレベル分けする「リスク分類」と、当該AIモデル/システムごとに必要な対策を見極める「リスク評価」は異なるものとして整理したい。

 一定のリスクレベルに分類する場合は、詳細なリスク評価を実施するものとし、AI導入起案や各AI実装プロジェクトのスピード感と、効率性に配慮した制度設計が望まれる(『AIのリスクをどのように特定するのか(前編)【第2回】』と『AIのリスクをどのように特定するのか(後編)【第3回】』参照)。

 AIガバナンスにおけるリスク評価は、AI実装プロジェクトのどの時点で評価するのか、その実施タイミングが重要である。そのため、リスク評価方法と合わせてライフサイクルを検討する。ライフサイクルとは、起案から開発・運用までの一連のプロセスであり、汎用性のあるライフサイクルを規定し、指定した時点で実施するのが良いだろう。

 もちろん、この検討は容易ではなく、時間を要する可能性も高い。そのため「AI導入起案」「AIモデル開発」「AIシステム開発」「AIシステム利用(運用)」のように整理するにとどめ、経年の継続的な改善によって細部を明確化していくことも考えられる。

 いずれにしても、各企業の方針と制度設計の考え方が重要であることを理解し、プロジェクトを遂行いただきたい(『AIガバナンスが重視するAIライフサイクル【第4回】』と『AI倫理とAIガバナンス【第8回】】』参照)。

AIガバナンス構築におけるプロジェクト事務局の活躍に期待

 AIガバナンス構築プロジェクトで実施すべき内容は、計画・実行フェーズの中心的タスクだけでなく、多岐にわたる。計画フェーズにおける目標設定や構想によっても異なるが、概ね図2に示すタスクが想定される(『AIシステムのモニタリングと透明性・説明責任の確保が重要に【第5回】】』『AIガバナンスが求めるプラットフォームとデータガバナンス【第6回】』『信頼性を高めるためのAIセキュリティ【第7回】』参照)。

図2:AIガバナンス構築プロジェクトの主なタスク

 AIガバナンス構築プロジェクトそのものは、中期的な目標設定や計画策定によって継続的なレベルアップを図ることになる。

 しかしプロジェクト事務局は、初年度より成果創出のために限られた期間の中でタスクの関係性に留意しながら、並行的に実施していかなければならない。AIシステムの開発や利用が急激に進展し、社会的にもガバナンス構築の必要性が高まる中、早期に体制構築を一定レベルに押し上げることが社内外から期待されるためだ。AIガバナンスの知識や専門性だけではなく、プロジェクトマネジメントが重要な鍵を握ることになる。

 プロジェクト事務局は、AIガバナンス構築プロジェクトのマネジメントだけではなく、AIモデル/システム構築プロジェクトのライフサイクル(開発工程)やリスク管理手法を標準化し、複数の多様なプロジェクトの品質維持とリスク低減をマネジメントする必要もある。各AI実装プロジェクトのリスクなどについて経営陣に対し適切にレポーティングする役割なども期待される。

 結果的に、プロジェクト事務局は、AI技術に関わる各種情報を集約し、経営陣や関係組織、現場に共有するハブ機能を有することも考えられる。つまり、実態として全てのAI実装プロジェクトのPMO(Program Management Office)として、全プロジェクトを統括する“司令塔”としての役割を期待される可能性も大きい。

 AIガバナンス構築に向けたプロジェクト事務局のミッションと、AI実装プロジェクトの役割分担などには議論の余地はある。だが、上記のような気概をもってAIガバナンス構築に取り組んでいただきたい。今後、AI技術の開発・利用がますます進む中、多くの企業や組織において、AIガバナンス構築が進むことを期待したい。

熊谷 堅(くまがい・けん)

KPMGコンサルティング 執行役員 パートナー。システム開発等に従事した後、外資系コンサルティング会社を経て、2002年KPMGビジネスアシュアランス(現KPMGコンサルティング)入社。デジタル化やデータに関わるガバナンス、サイバーセキュリティ、IT統制に関わるサービスを数多く提供。現在はKPMG各国事務所と連携し、KPMGジャパンにおけるTrusted AIサービスをリード。法規制対応を含むAIガバナンス構築プロジェクトを手掛ける。