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Well-beingな社会に向けたロボットのあり方【第21回】

安藤 健(パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部 ロボティクス推進室 総括)
2022年2月7日

最適解と満足解の実現に向けて

 巷では「新しい資本主義」「脱成長」など、これまでの資本主義や効率化、生産性を求める姿勢に対し否定的な意見が多く見られるようになってきた。個人的には、脱成長というよりは「成長の方向が変わる」ということだろうと思っている。

 これまでは、どちらかといえば企業の短期的な生産性や効率性を最大化することが、イコール成長と定義されてきた。それが今後は、その企業の中で働く人、企業が提供するモノやサービスを利用する人、企業に対して材料を提供する人、これらの人々から構成されるコミュニティや社会が良い状態(Well-being)になっていること、さらには第19回で述べたように、コミュニティや社会が存在する地球そのものも良い状態(Well-being)になっていることが求められ、その方向に、時に量的に、時に質的に成長していく必要があるのだ。

 1年半前に連載タイトルを『Well-beingな社会に向けたロボット』とした。だが撤回する。私たちが目指すべきは「人、企業、社会、地球のすべてのWell-being」である(図2)。

図2:人、企業、社会、地球のすべてのWell-beingの概念

 「人、企業、社会、地球のすべてのWell-being」を目指す中で、ロボットというモノやロボティクスという技術は、非常に大きな役割を担うと考える。もちろん、メタバースをはじめとしたバーチャル空間の中で多くの人が活動し、巨大な経済圏ができることは間違いないだろう。しかし、フィジカル空間や我々の身体がなくなることはあり得ない。

 フィジカル空間で、ヒト・モノ・空間を計測し、ヒト・モノ・空間に物理的に接触して何らかの作用を施し、そのインタラクションの中で現状を維持・変革していくことは、ロボティクスそのものと言えるのではないだろうか。フィジカル空間におけるインタラクションとインテグレーションの技術こそが今後重要になっていく。

 そのフィジカル空間の裏側では、「デジタルツイン」や「ミラーワールド」と呼ばれるCPS(Cyber Physical System)技術が駆使され、サイバー空間とリンクした状態でモノの流れなどの情報が可視化・最適化される。さらには、第14回で紹介したように、ヒトの情報も「IoH(Internet of Human)」として加味され最適化されていくだろう。

 このときに重要になるのが最適化関数である。しかし、その最適化関数では、これまでのような効率化、生産性ということだけでは構成されなくなる。人それぞれの価値観や環境負荷なども考慮したうえで、「人、企業、社会、地球のすべてのWell-being」の視点からの制約条件が与えられ、その中での“最適”というかステークホルダーが満足するという“満足解”を探していくことになるのではないだろうか。

Well-beingを実現するDoingの必要性

 少し小難しくなったが、最適解・満足解を探求するに当たり、今から具体的に何をすれば「人、企業、社会、地球のすべてのWell-being」が実現されるのかは、筆者もまだよくわかっていない。そもそも技術的にそんなことができるのかと問われても「想い先行型」だとしか答えられないのが実状だ。

 だからといって、何もしなくても良いかと言うと決してそうではない。良い状態(Well-being)を実現するためには「Doingするしかない」と考えている。その中から“Well-doing”が生れてくると信じている。そのポイントは第16回で紹介した「圧倒的当事者意識」である。

 仮に、いくつかが「ill-being」もしくは「何の影響もないdoing」であったとしても、やりながら学んでいくしかない。そのときには決して“PoC死”だけは避けなければならない(関連記事『「もう少し検討したい」はPoC死の分かれ道【第10回】』)。

 産業用ロボットを除けば、ロボット業界は、まだ“よちよち歩き”の状態である。多くのDoingを重ねながら、ロボットメーカーだけでなく、システムインテグレーターや、その他のプレイヤー、顧客ともに、持続可能なビジネスモデルを創り上げていく必要がある(関連記事『ロボットの活動領域拡大のカギはシステムインテグレーションにあり【第5回】』)。筆者自身も企業人として、微力ではあるが、新しい社会への変革を推進していく所存だ。共に変革を推進し、イノベーションに挑戦していただける方はお声がけいただきたい。

 最後に、多くの方が本連載を読んでいただき、沢山のコメントや提言、叱咤激励をいただけたことに感謝申し上げます。筆者の知見不足や考えの浅さから、ご迷惑やご不快な思いをさせてしまった方も少なからずおられるかと思う。この場を借りてお詫び申し上げる。またどこかでお目にかかり、ロボティクスなどについて議論し、「人、企業、社会、地球のすべてのWell-being」に向けて一緒に活動できることを楽しみにしている。

安藤健(あんどう・たけし)

パナソニック マニュファクチャリングイノベーション本部ロボティクス推進室総括。パナソニックAug Labリーダー。博士(工学)。早稲田大学理工学術院、大阪大学大学院医学系研究科での教員を経て、パナソニック入社。ヒトと機械のより良い関係に興味を持ち、一貫して人共存ロボットの研究開発、事業開発に従事。早稲田大学客員講師、福祉工学協議会事務局長、日本機械学会ロボメカ部門技術委員長、経済産業省各種委員なども務める。「ロボット大賞」「IROS Toshio Fukuda Young Professional Award」など国内外での受賞多数。