• Column
  • 〔誌上体験〕IBM Garage流イノベーションの始め方

互いの信頼関係を礎に価値を共創する【第13回】

木村 幸太、黒木 昭博、中岡 泰助(日本IBM IBM Garage事業部)
2022年4月20日

これまで12回に渡って「IBM Garage」を構成するつのコンポーネントをCulture(第2回第4回)、 Discover(第5回第6回)、Envision(第7回第8回)、Learn(第9回)、Develop(第10回)、Operate(第11回)、Reason(第12回)の順に紹介してきた。紙上演習を交え、具体的な考え方や手法を理解いただけたはずだ。最終回となる今回は、IBM Garageを理解するうえで大切なメッセージをお伝えし、総括としたい。

不確実性の高い領域こそGarageで切り拓く

 第1回で述べた通り、IBM Garageはイノベーションの創出やデジタルトランスフォーメーション(DX)のためのアプローチである。従って、新規事業開発やサービスデザインに留まらず、業務変革、組織変革などの領域も対象になる。いずれにも、本連載で説明してきたIBM Garageのコンポーネントを適用できる。

 SDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)、サステナビリティなど、近年の企業や組織にとっては、もはや避けては通れないテーマに取り組む際も、IBM Garageのアプローチは有効だ。なぜならIBM Garageは、解が必ずしも1つとは限らない不確実性の高いテーマと強い親和性があるという特徴を持つからだ。

 具体的には、メンバー1人ひとりの思いや意思を持ち寄りながら、どのように社会や顧客をより良くしていきたいのかという構想を描き、利用者がどのような嬉しさを得られるのかについて利用者目線で仮説検証やスモールスタートの実験を繰り返しながら、MVP (Minimum Viable Product: 実用最小限の製品) を作り上げ、価値に手で触れられるように具現化し、徐々にスケールさせていくというアプローチである。

2030年に向けたDXビジョンをGarageで推進する旭化成

 DXにGarageを適用した事例として、旭化成の取り組みを紹介する。旭化成は現在、DXの取り組み内容を示したロードマップを作成し、段階的に施策を進めている。(1)2018年からのデジタル導入期、(2)2020年からのデジタル展開期、(3)2022年からのデジタル創造期、(4)2024年からのデジタルノーマル期に分けている。

 導入期では、約400件のプロジェクトを推進した。活動をさらに加速させるべく2021年5月には「DXVision 2030」を策定した。「私たち旭化成はデジタルの力で境界を越えてつながり、“すこやかなくらし”と“笑顔のあふれる地球の未来”を共に創ります」というビジョンを掲げている。

 このビジョンをすべてのステークホルダーと共有することで、デジタル技術を活用し、安心・安全・快適なくらしや環境負荷の少ない地球の実現に向けて、ビジネスモデルの変革を進め、社会に提供する価値の共創を目指す。

 これらの活動を進める中でGarageを適用し、様々なテーマに取り組んでいる。将来的には内製化・自走化を目指した活動を進める。これを念頭にIBMもサポートしている。

 旭化成のDX推進において、サステナビリティの観点からの具体的な取り組みに「BLUE Plastics(Blockchain Loop to Unlock the value of the circular Economy)」プロジェクトがある。再生プラスチック製品におけるリサイクル素材の使用率の表示やリサイクルチェーンの関与企業を可視化することで、一般消費者の行動変容の促すのが目標だ。

 資源循環社会を実現するためのデジタルプラットフォームの構築に向けて、プロトタイプを用いた実証実験も進む。同プラットフォームは企業と消費者双方の使用を想定する。

 同プラットフォームの利用者は、再生プラスチック製品に印字された2次元バーコード等をスマートフォンのカメラで読み取ることで、ブロックチェーン技術で担保された来歴を確認できる。リサイクル行動に対してはポイントが付与され、製品のリサイクル率や、そこに関わる企業が分かるため、環境に配慮した購買行動が容易になる。

 BLUE Plasticsプロジェクトには、複数のパートナー企業も参画し、資源循環社会の実現を加速するための新しいエコシステムの構築を試みている。明確なビジョンを持ち、資源循環社会の実現という社会課題に対し、利用者目線に立った仮説検証を繰り返すとともに、様々な企業とのエコシステムの形成を図っていることが大きな特徴だと言える。

Garageが大切にしているのは「共創」

 本連載の読者の皆さんは既に、IBM Garageには、フューチャーバックキャスティングやデザイン思考、リーンスタートアップやAgile開発、Analytics、DevOps(開発と運用の統合)やSRE(Site Reliability Engineering:サイト信頼性エンジニアリング)など様々な手法や考え方が取り入れられていることに気づかれているだろう。もちろん手法は重要であるし、IBMも常により良い形を目指した改善を続けている。

 ただ我々がGarageに取り組むうえで最も大事にしている点は「共創」だ。そのことは、「Co-Create」「Co-Execute」「Co-Operate」と3つの“Co-”が表している。

 経済産業省が2020年12月28日に公開した『DXレポート2』においても、「ユーザー企業とベンダー企業の共創の推進」が触れられているように、共創の重要性を疑う方は少ないと思う。だが実際には、共創は非常に難しい。

 共創を進めるためには、対話を通じた目的の共有が欠かせない。役割を明確に分け、その部分だけに閉じて価値を提供するだけでは不十分であることも少なくない。1人ひとりが価値創出に何が必要かを考え、開始時に決めた役割だけに固執することなく、それを越えた行動も求められる。時には、できない部分も含めて、さらけ出す必要がある。

 何よりも不確実性が高く、どんなテーマで何をやるかも決まっていない、うまくいくかどうかはやってみないと分からないといった状況下でも、一緒に歩み始めるには、互いの信頼関係が必要になる。

 思考法や各種方法論は巷に溢れており、目が行きがちになるのも無理はない。しかし、100%成功する方程式などはなく、成功するまでやり続けられる信頼関係に裏打ちされた共創マインドこそが何よりも重要である。

業界が再定義されるなかでの取り組みは、やりがいに満ちた機会に

 社会課題の顕在化、人々の価値観の変化、デジタル化の加速など様々な要因が複雑に絡まりあって事業環境は大きく変化している。それまで各業界の中心的な存在であった大企業が危機に瀕したり、従来の常識を覆すようなスタートアップ企業が台頭したりと、業界のあり方が再定義されることは、どの産業にでも起こり得るのが現状だろう。

 そうした中で、皆さんが自社の活動をどのように舵取りをしていくかは、悩ましくもある一方で、やりがいに満ちた機会にもなり得るのではないだろうか。

 当然のことながら、変革そのものやデジタル活用は目的ではない。いま一度「誰のために何を価値として届けたいのか」という問いを原点に、本連載が皆さんの創造性を高めるとともに、実行・実装の役に立つことを執筆者一同心から願ってやまない。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

木村 幸太(きむら・こうた)

日本IBMグローバル・ビジネス・サービス事業本部 IBM Garage事業部 部長。IBMビジネスコンサルティングサービス(現日本IBM)に入社後、さまざまな業種の企業への営業やCRM、マーケティング戦略の策定・実行支援、BPR、システム化構想から導入など経験する。2018年1月にスタートアップを支援するIBM BlueHub、同年10月よりIBM GarageのLeadに着任。近年は、イノベーションやデジタル変革をテーマに、デジタル戦略やアジャイル案件を数多く手がけている。

黒木 昭博(くろき・あきひろ)

日本IBM グローバルビジネスサービス事業本部 IBM Garage事業部 マネージングコンサルタント。事業変革の構想立案や、それに伴うデジタル活用、新サービスの企画コンサルティングを手掛ける。企業と顧客が一体になって価値を生み出す共創を促進する手法の研究開発や実践にも取り組む。著書に『0から1をつくる まだないビジネスモデルの描き方』(日経BP社、共著)、『徹底図解 IoTビジネスがよくわかる本』(SBクリエイティブ、共著)がある。修士(経営学)。

中岡 泰助(なかおか・たいすけ)

日本IBM グローバルビジネスサービス事業本部 IBM Garage事業部 コンサルタント。フランス プロヴァンス大学院 文化人類学修士課程修了後、日系メーカーの技術営業職を経てIBMに入社し、米国・欧州・日本における新規事業企画、業務改革等のコンサルティングに従事。アフリカのガーナやマリでの調査経験を有し、ブータンの開発政策に関する著作『Le développement basé sur le Bonheur National Brut』がある。