• Column
  • Digital Vortex、ディスラプトされるかディスラプトするか

ファッション小売業界で採用相次ぐChief Transformation Officerの役割とは【第18回】

今井 俊宏(シスコシステムズ イノベーションセンター センター長)
2019年4月8日

ファッション小売業が業績を永遠に伸ばし続けることは、かなり難しい。トレンドや景気の影響を受けやすいからだ。さらにデジタル化によってオンラインショッピングの利便性とスピード化による脅威が増すにつれ、小売業の従来型ビジネスモデルは変化を余儀なくされている。迫り来るデジタルボルテックスの危機をチャンスに変えるために、ファッション小売業界では第16回で触れた「Chief Transformation Officer」を採用する動きが活発になっている。

 2000年代後半から市場を席巻してきたファストファッション。流行を素早く取り入れた商品を安価に製造・販売する、その業態は今、一服感が出ている感が否めない。日本でも米ロサンゼルス発のForever 21の旗艦店である原宿店が2017年10月に閉店。2018年7月にはスウェーデンのH&Mの銀座店も閉店するなど象徴的なニュースが相次いでいる。

 そうしたなかで、世界最大手の座を維持し続けているのがスペイン発のZARA(図1)。スペインのSPA(製造小売業)企業であるInditexが展開するファストファッションブランドだ。ヨーロッパを中心に世界全体で約7500店舗を展開し、Inditexの全売上高の約65%を売り上げる。

図1:ファストファッションの最大手に君臨するZARA

ZARAは創業時からの戦略を常にアップデートしている

 ZARAの成功モデルはデジタルビジネス・アジリティそのものだ。過去に約10億ユーロ(1250億円。1ユーロ125円換算)の大規模なデジタル化投資を実施。本社のデータセンターには巨大なサーバー群を有し、全世界の店舗やEC(電子商取引)、生産など、ビジネスに関わる動きを各部署から随時集め、そのすべてを巨大なモニターで一覧できる。デジタル技術によって、全世界と24時間つながり、必要な手を迅速に打つための仕組みを確立しているのである。

 アジャイルに市場動向に対応するためのデジタル化だが、ZARAにとってのデジタル化は手段でしかない。ZARAは創業時から、商品の企画から生産、物流までを本社の近くで実行し、店頭の売れ行きやトレンドの変化に応じて必要な施策を最短時間で具体化するという手法を貫いている。それをデジタルボルテックの時代に合わせてアップデートしているに過ぎない。このアップデートされた手法は、まさにデジタルビジネス・アジリティそのものだと言える(第6回第7回第8回を参照)。

 まずZARAにとって、店長や店員が、ハイパーアウェアネスを実践するうえでの根幹をなしている。ファッショントレンドに関する知識と経験、顧客の気持ちを引き出すプロとしての能力を上手く活用している。

 彼らの役割は、移り変わりが激しいファッションのトレンドを察知し、流行が過ぎ去る前にトレンドを取り入れた衣服を提供するために、カスタマーが何を好み、何を嫌い、どのような商品であれば購入するのかなどのフィードバックをカスタマーから導き出すことである。

 さらに、何が売れていて、何が売れないかについて、自身の意見や洞察を会社に伝える。ZARAは、店長と店員から収集する情報と洞察により、どの商品が売れるかをかなり正確に把握できるようになっている。

カスタマーを中心に考えたデマンド型のビジネスモデルを志向

 次に世界中の各店舗から収集した情報と洞察は、本社の少人数のチームがレビューし、最適な意思決定を下す(情報に基づく意思決定)。チームは、プロダクト担当、デザイナー、パタンナー、バイヤーなど役割が異なる6~7人で構成されている。

 チームは、役割別に存在する。期間中の商品開発を担当するチームは平均2〜3週間のサイクルで新しい商品を投入する。ほかに、市場の大きなトレンドをとらえるチームや、シーズン当初に向けて完成度の高い商品を開発するチームなどが置かれている。

 ファストファッションは、商品の移り変わりが非常に早い。そのためZARAは垂直統合型の組織構造を採っている。製造と物流の拠点は欧州内にあり、本拠地スペインにある自社の物流施設から世界各国の店舗には、空輸も駆使し48時間以内で配送できる(迅速な実行力)。

 こうして店舗には短期間で新商品を投入し、流行の衣料品が常に店頭に並んでいる状態を作り出す。そのため事前に計画されている商品は、全体のわずか15%程度しかない。

 また機動的に生産量を調整することで店舗の在庫管理を高いレベルでコントロールしている。過剰在庫を回避し、在庫処分セールを抑制するためだ。ZARAが製造・販売する商品は競合の10倍近い種類がありながら、製品が失敗に終わるケースは1%未満だと言われている。競合の平均は10%程度だ。

 一般的な小売業者では、第一線の売り子業務を単純化したり、物流業務を他社に委託したりする傾向にあるなかでZARAは、常にカスタマーを中心に考えたデマンド型のビジネスモデルを志向している。従業員には会社の目となり耳となることを期待し、自社で物流網を抱え、迅速で機動的な商品供給を可能にすることで、ファストファッション市場での高い競争力を維持し続けているわけだ。